母の誕生日を祝いました

前回の記事「今年になって感じること 1」でも少し触れておりますが、母がおりまして、こちらが時には圧倒されるほど元気です。
いつも陰から会社を支えてくれている、母への感謝の気持ちを込めて、従業員も一緒に誕生日祝いの食事会を開催しました。

選んだお店は 浦安ブライトンホテル東京ベイのレストラン カシュカシュ です。
ブッフェスタイルの良いところは、老若男女それぞれが楽しめるメニューがあるところですね。

マカロンタワーがお出迎え
マカロンタワーがお出迎えしてくれました。色が鮮やかで子どもや女性へ心配りが伺えます。空間の雰囲気造りにはこういったディスプレイも重要ですね。
自慢のローストビーフ
カシュカシュ自慢のローストビーフだそうです。目の前でカットしてくれます。やわらかいですが、しっかりと肉の味が楽しめます。母も気に入ってましたので、数回頂きました。母と私のおすすめは柚子のソースです。
子どもに食べやすいミートボールとサラダ
ミートボールとサラダ。子どもに食べやすいメニューです。
その他魚系や卵を使ったお料理
その他にも魚系や卵を使ったお料理もありました。
イチゴのデザート各種
イチゴのデザートフェア中でした。

苺デザート各種

いちごデザート各種
皆それぞれ盛り付けて楽しそうです。

 

母との写真

最後に集合写真をレストランの方が撮影してくださいました。誕生日プレートをサービスで出してくださって、良い記念になりました。

今、母の楽しみはひ孫たちと会うこと。私も可愛がっていますが、母は本当に幸せそうにお世話をしています。今度、ひ孫たちとも食事がしたそうに話していました。

母にはこれからも元気でいてほしいと思います。



今年になって感じること 1

今年も2月の後半。あっという間に時は過ぎていくものですね。

今月は、締め切り間近の市川市の「危険コンクリートブロック塀等対策事業補助金」を利用した外構工事をしました。

国から頂ける助成金や補助金制度を利用した工事は、きちんとした施工をしなければ認定はされません。そのため工事金額もそれなりの金額になることもあります。

しかし、金額が張る分、しっかりとした施工が保証されることも事実です。なんせ、お役所が工事施工を保証することになるのですから。

今年になって感じること-「余生」

と話は変わりまして、タイトルにある「今年になって感じること」なんですが、今回の外構工事でご近所にあいさつ回りをしました際、隣接している家及び道路の向かい側の2件の家は空き屋でした。また、弊社本社のあるところも、空き家が目立つようになりました。

いよいよ来るべき時が来たなという感じです。

何が言いたいかと言いますと、不動産価格の下落、そして老後の生活に大きな問題が迫っているということです。

弊社の事業の一つに「競売」の仕事があります。

ここ最近は、競売での不動産価格が上昇し、あまり手を出すことができませんでしたが、市川、船橋で駅から離れている場所はかなり安く出ている物件も多く見るようになりました。

先日も京成のとある駅から徒歩4分、24坪程度、1○0万円で売買されました。

不動産の価値がどんどん崩れていくのが今年になってから感じます。

「別に不動産の価値が下がろうと関係ない」と思っている方。

万が一というのが人生にはあるんです。

真剣に、これからの一生涯にわたる経済的なリスクを軽減し、安心した生活を送るためにどうしたらよいのか?

私にも父は他界しましたが元気な母親がいます。一人になってからの暮らし、そして金銭面、余生を全うするには考えることはいっぱいあります。

特に年配の女性には今後どうしていきたいか、考えていただきたいと思っています。



「楽しい」と「愉しい」の違いを理解すると

朝の勉強会で、「楽しい」と「愉しい」の違いはわかりますか?と投げかけました。

仕事をするうえで、キーワードとなる言葉であると考えています。弊社では、働く皆さんが愉しんで仕事をしてもらいたいと思っています。そのためには漢字の意味が分からないとと思いましたので改めて記載したいと思います。

「楽しい、楽しむ」とは、 与えられたことに対して楽しく過ごすこと。すでにあるものや設定された枠の中で楽しむ感覚です。

もう一つの「愉しい、愉しむ」とは、

自分自身の気持ちや想いから感じ生まれる楽しい状態のこと。そして、自分の意識、気持ち、考え方次第でどうにでも変化できる。仏教にも通じる考え方です。

また、「楽しむ」は「愉しむ」の一部でもあるのです。

仕事をやり始めたばかりのころは仕事自体を愉しめなかった時代が続きました。朝起きるのもかったるいし、行きたくないなど・・・。 今考えると、与えられた仕事が自分のやりたいことと違ったからだと感じています。 続きを読む 「楽しい」と「愉しい」の違いを理解すると



悩みを解決し、想いを共有することが求められている

先ほど、10月中旬ごろに相談があった方から連絡が入りました。(高齢者の女性で戸建で一人暮らしの方で、家の耐震性が気になり、相談したいということでお話をさせて頂きました。)

その時は、すでに他社にて外壁の塗り替えの話が進んでおり、どうせやるなら耐震補強もという考えをしていたようですが、一般的な費用を伝えると考え込んでしまいました。

耐震の相談の多くは家が大地震で耐えるのかどうか?ということですが、費用を伝えると多くの方が補強まで行かないのが現状です。

地震で家が倒れるかもしれないという不安は、お金というものの価値と比較すると小さくなってしまう(またはかすんでしまう)ようです。

確かにお金は大切なものであります。しかし、お金自体に価値がないということを理解しなければいけないと思います。

お金という道具で幸せを手に入れる。これこそが一番だということを父が亡くなった時に教えてくれました。

今回のお電話では、やはり耐震性が気になってしまい、もう一度相談したいとのこと。

明日、お客様が求めているものをもう一度再認識し、最良の提案をさせて頂こうと思います。



三方よし そして 共に栄え 共にしあわせになる

電話での対応でちょっと嫌な気持ちになったというスタッフからの話がありました。

話の経緯は省きますが会話での中で、「そんなことは当たり前です」そのあとに続いたのが

笑い声。

その笑い声がスタッフを馬鹿にしているととらえたということです。

 

ちょっとしたことで、相手には自分の意図としないような事にとらえられることがあります。特に自分が「騙されているのではないか」「自分(お客様)の利益ではなく、相手(営業マン等)の成績や利益を追っている」と思ったときは、その後はなかなか仕事が進展しません。

『三方よし』

この考え方がとても心に響きます。

売り手よし、買い手よし、世間よし、 この考え方こそが商売の基本。

そして 共に栄え、共に幸せになる事こそが一番大事なことだと、改めて身にしみました。



浴室について考える 1

私の幼少期は貧乏だったので、ボロいアパート住まい。当然お風呂はついていませんでしたので、毎日銭湯に通っていました。

「楽しかったな~」

という想い出が多く残っています。

大きなお風呂、多くの人たちと会える、そして最後にマミーが飲める。^^

勝手に飲んでは、母親によく怒られていました。

今でもその名残かどうかわかりませんが、よく銭湯(健康ランド)に行きます。

当然今では自宅に浴室があるにもかかわらずです。

なぜ、お金を払ってまでも行くのだろうか?

私がよく行く銭湯はいつも人がいっぱいです。

たぶん、ほとんどの方が自宅に浴室があるのにもです。

家に浴室があるのに、お金を払ってでも銭湯に行く。その多くは自宅の浴室では癒せないから銭湯に行って、心身ともに癒す。これに尽きるのではないでしょうか?

昔は、体を洗うところ。今では体もきれいにし、心もきれいにするところに変わってきたように思います。

往々にして自宅にある浴室はいまだに体を洗うところという機能しかないと言っても良いでしょう。別な言い方をすれば、現在の浴室には癒しという機能が備わっていないということにもなります。

どうしたら癒しの機能を付け加え、癒しの空間になるのか?そこが問題なのです。

次回につづく・・・

 

 



不安や悩みを解決することがどれだけ心に・・・

前々回のお話で、キッチンのつまりのお話をさせて頂きましたが、そのOBのM様から、今度はお風呂の排水口に水が溜まっているとのこと。なにかが詰まっているようで見に来てほしいとのご依頼を受けました。

早速時間を作りお伺いし指摘箇所を見てみると確かに水が溜まっていました。しかし、詰まって溜まっているわけでなく、もともと溜まる仕組みになっている場所でした。

それはトラップといわれるところで、ニオイや害虫等の侵入を防ぐ役割を持たせている場所です。

よほど、キッチンの詰まりが心に残っていたのか、悪い方に連想してしまい、不安になったということです。

説明をすると、ほっとしたようで、自分の勘違いに少し照れながら、「また何かあったら声をかけるわね!ありがとう!」とお言葉をいただき一件落着。

また、別の案件で、網戸1枚の張替のご依頼があり、ご自宅までお伺いした時のことです。

S様は高齢者の女性の方で1人暮らしが長いとのこと。弊社の本社近くの方で、私の母のご縁で紹介されました。よくよくお話を伺っていると、3年前ぐらいから網戸がボロボロになり、自分でテープや隙間を埋めるクッション材を買ってきて何とかしのいでいたそうです。

なぜ、今まで網戸を張り替えなかったのかを聞いてみると、「たった1枚なので頼むことができなかった」。それであれば、他の網戸もそれなりになっているので、すべてを張り替えてもらえばとも思いましたが、この年代の方は、壊れていなければお金をかけることはもったいないと判断してしまう方が多いのも事実。

いろいろとお話をしていく中で、私がたった1枚の網戸の件で来てくれたことに、とてもありがたく感じてくれたみたいで、網戸を引き上げる時に、「今年の夏は、窓を開けることができるわ!」とポツリ。わざわざ四国から取り寄せたそうめんを紙袋に入れ「これ食べてね!」とかなりの量をいただき、「本当にありがとうね!」と言葉も頂きました。

言っちゃ悪いですが、費用は数千円。利益度外視です。たった1枚の網戸の張替でこんな言葉が聞けるなんて思ってもみませんでした

普通に考えれば、そうめんを渡さず、その費用で張替もできますが、心がお金の価値観を作るのだということ改めて感じました。

不安や悩みの解決がすべての始まりでもある事。そして、私たちはそれを解決するから喜ばれ、お金も頂ける。

久しぶりに人の温かさを感じさせていただきました。



心が疲れているときに聞いてください。

言葉で人を癒すこともできるんですよね。

 

頑張っているね

無理しないでね

結果なんかすぐに出ないこともあるから焦ってしまうけど

君なら絶対に大丈夫!

君は最後まであきらめず、成し遂げることができる人だから

うまくいかなくても 辛くても

それはもうすぐ結果が出る前兆だよ

あともう一息 自分を信じて



プランの向こうにあるもの

プランを立てる時に一番重視しているのは、その人の好みやこだわり等を見抜き、何を求め、今後どうやって暮らしていき、そして今まで以上に充実した生活を送れるかということです。

それには、想像力が必要になってきます。今までの経験と持っている知識をフルに活用し、提案していきます。最初は、お客様も気づかないこともあります。しかし、ある程度たって訪ねていった時、笑顔で暮らしている姿を見た時が自分の幸せでもあります。

幸せって普通なことなのかもしれません。何かが欠けていると「不幸せ」になってしまいます。だから気づきにくいのかもしれません。

当たり前な毎日。当たり前な暮らし。実は当たり前ではなく、ありがたいことなのですね。

 

社長



本当に求めているものとは、そして本当の幸せとは何か考えさせられました

本日は、以前耐震補強や内外装のリフォームをさせていただいた習志野のT様にお伺いさせていただきました。
実はよばれた原因は屋根や木部の塗装が一部剥げているというクレーム。
塗装してまだ2年しかたっていないため、最終的にもう一度弊社で施工させていただく段取りを組みました。
現場を見終わり、居間でお客様とお話をさせていただき、現状の生活スタイルやリフォーム後の感想等をお聞きした際、いろいろ考えさせられる話しの内容でしたのでご紹介したいと思います。
最初にさせていただいた工事は2008年。
当時、耐震補強工事を建築士会が窓口になっていた船橋市の住宅相談に来られた方でした。
ご縁があって、私が担当することになったのが最初の出逢いでした。
家族の中には高齢者の方もいらっしゃって、工事にはとても気を遣った覚えがあります。
その時は特に感じませんでしたが、その後、おじいちゃまが家内で粗相するようになり、(脳梗塞の後遺症といっていました)お母様をはじめ、娘夫婦、孫たち総出で対応したそうです。しかしつい最近までおじいちゃまの介護をされたそうですが、過労によりお母様が倒れられ、それをきっかけに、特養の施設を利用するようになったそうです。
考えさせられました・・・
一番心に刺さったのは、「人の尊厳」ということ。
当時のおじいちゃまの状況をお伺いすると、常に心を許していたのはパートナーであるお母様だけ。娘には心を許さなかったそうです。
なぜ?と思い、理由を聞いてみたところ、
親として粗相するはずかしい姿を娘には見せたくない、そしてその思いが日増しに増すことでいつしかおじいちゃまの心まで閉ざしてしまったそうです。
その後、軽度の認知症にまで発展し、ますます心を閉ざすことに。
先にも書いたように、お母様が倒れ入院し、見るに見かねて娘が施設に連れ行くしかない、と決めたそうです。
お母様は大反対。しかし、娘からは日に日に弱っていく母の姿がつらかったのでしょう。
しかし、結果的に良かったとも。
それは、おじいちゃまの表情から感じたそうです。
家では見せなかった表情が施設の中ではあったようです。
また、認知症もほとんど出なくなったとも言っていました。
何がそうさせたのか?
それは人としての尊厳、プライドにあると。
当然施設でも人の手をかりて排泄をしていたようですが、気持ちの面で大きく変わったようです。
身内に迷惑をかけたくない。今まで普通にできたことが出来なくなった口惜しさ。まるで赤ん坊のように・・・
しかし、いい方は悪いですが施設では他人の方が世話をしてくれる。
そう、気持ちが割り切れる。ある意味、施設の方は仕事で対応しています。それが良かったのだとも言っていました。
また、施設の方は介護のプロ。相手の気持ちを十分理解して対応していることも重要な要素だとも言っていました。
身内だけで介護する事が一番だと思っていた私にとっては思いがけない事実を知るきっかけとなったのです。
施設もまんざら悪くない。そう思えるようにもなりました。
実は今の今もお母様は罪悪感を持っているそうです。しかし、今のおじいちゃまの明るくなった表情や姿を見て少しづつですが気持ちも変わってきたとも言っていました。
自分のことは自分でしたい。
当たり前の事を当たり前にしたい。
こんな基本的なことができなくなったことで自分が嫌になってしまう。そして周りに対する感情さえも変えてしまう。
相手の尊厳を守るためには、相手を知り、理解し、信頼して
行かなければならないこと。
こんなことに全然気づきませんでした。
このことを知って、もっともっとより暮らしやすいとはどうゆうことなのか、どうしたら暮らしでの悩みを解決できるのか。
本当に必要なものを改めて教えていただいた一日でした。
ありがとうございます。
社長