なぜ、家が必要なのかを考える 最終

マズローによれば生命維持のための根源的な欲求が満たされることで、次の欲が出てくる。それが安全の欲求といっていますので、この説に合わせて考えていきたいと思います。

まずは、「安全・安心な暮らしがしたい」という安全、安心の定義が重要になっていきます。

安全とは 危険がないこと。傷病などの生命にかかわる心配、物の盗難・破損などの心配のないこと

安心とは 心配・不安がなくて、心が安らぐこと

安全は客観的な事実で評価はできるが安心は主観的なものであるとも言っています。また、基本的には安全の基盤があるから安心があるともいえそうです。

ここまで来ると「住めるところ」とは安全で安心な暮らしができるところと定義しても良いかと思います。そして、住まう人に対し生命を脅かす危険を回避できることが重要だということ。

それを叶えてくれるのが「家」ということではないでしょうか?

家は人の欲求を満たす最高の形だからこそ必要なんですね。

なぜ、家が必要なのかを考える 3

欲といえば、自己実現理論。 アブラハム・マズローが言っていたのは「人間は自己実現に向かって絶えず成長する生き物である」と唱え、人間の欲求を5段階に分け、理論化したもので「マズローの欲求段階説」とも言われています。

マズローが提唱した人間の基本的欲求は

生理的欲求

これは生命維持のために必要な睡眠・食事・排泄等の本能的・根源的な欲求といわれています。

今回の熊本地震によって極端なまでに生活のあらゆるものを失った場合、生理的欲求がどの欲求よりも強く働くとされています。

しかし、時間が過ぎることでこの欲求は満たされ、人は次のレベルへと欲が出るとも言っています。

その欲求が

安全の欲求

人は「安心・安全な暮らしがしたい」という欲求です。家で言うなら、雨風がしのげる事、健康でいられる事になります。また、存在を脅かす犯罪等の危険を回避したいという生を脅かさない事の欲求です。

このことを当てはめるのなら、車で過ごすという考えは「安全の欲求」から外れているのではと思います。

車の中でいれば、雨風はしのげます。しかし、安心・安全がキーワードの中で健康でいられるかということと、人の生を脅かす犯罪等の問題はクリアーにはなりにくいのではないでしょうか?

なぜ、家が必要なのかを考える 2

ちなみに

「住めるところではない」

とネット検索すると、

暮らしにくい 暮らしづらい 住みにくい 人の住む所ではない 人の住む所じゃない 人の住めるところではない 人の住めるところじゃない 住みづらい 非居住地域の アネクメーネの 居住不適の 居住に適さない

と出ました。

要は、住めることはできるが「適していない」「暮らしづらい」といった、根本的に人間の欲が前面に出ている感がします。

仮に欲がそうさせているとなると、車中泊がダメという理由も理解できます。

では、どんな欲があるからなのでしょうか?

なぜ、家が必要なのかを考える 1

熊本地震で多くの家屋が被災し、一時的な入居先として無償提供する公営住宅の抽選会を熊本県、熊本市が実施しました。多くの応募が殺到したそうで、抽選に外れた人は「どこでもいいから住めるところを」と涙ながらに訴えたという記事がありました。

また、別の記事では自宅が歪み、車中泊も経験したが、抽選にははずれ涙を流しながら「あと2年は働きたい。仮設住宅でも何でもよいから住めるところがほしい」と訴えたそうです。

「住めるところ」とはいったいどのような場所なのか?

車中泊も経験した方もいらっしゃる中で、車は住まいには適さないと言いっています。

何故なのか? 空間が狭いからなのか? それではハイエースのような車であればOKなのか?

ちなみに私は小さいころよく押入の中が寝床でその中で寝ていました。ある意味狭い空間が心地よかったのを記憶しています。

だとすると空間が狭いということが最大の問題ではないのかもしれません。当然膝が曲がるような、横になれない状態は別としてですが。

それでは寝るところはあっても、キッチンやリビング、トイレ等が無いからでしょうか?

もしそれらが揃っていれば良いということであればキャンピングカーでもOKということになります。

テレビでも清水国明さんがボランティアでキャンピングカーを提供しています。

ある意味、これでも暮らしていけるとは思いますが、多くの人の望みではないような気がします。

では、「住めるところとは」どのようなところなのでしょうか?

 

 

地震被害による赤紙の強制力について

地震で被災された家については建築士の資格を持った方で講習を受けた方が認定され現地を調査し、判定した結果の紙が各家に貼られます。家に赤紙を貼られてしまうと、住まい手にはより大きな精神的ダメージが加わり、今後どうしたらよいものかと途方に暮れてしまうことに繋がってきます。

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メディアによる記事では赤紙に対する強制力はないといっていますが、やはり「命」を守るためには危険と納得し、次への道へと進むことが大事だと思います。

当然、このような事を書いたからといってすぐに「はい」とは言えないと思いますが、専門家を信じ、行動していただくことを願います。

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